LINX物語
0.はじめに
この物語は『LINX』ができるまでのお話になります。オーナー兼スタイリストの『弘中潤』の美容師像と『LINX』を想像しながら、楽しんで読んで頂きたいと思います。もちろんノンフィクションですよ(笑)
1.美容師を目指したきっかけ
1-1くせ毛との闘い
父と母がくせ毛ということもあり小学生の時から、くせ毛が気になり毎朝ドライヤーとブラシで格闘していました。(まだアイロンはなかったので・・・。)
中学生の時にはくせ毛に散々悩んだ挙句、市販のストレートの液をこっそり買って部屋でやってみようと一人静かに閉じこもったこともありました。部屋のドアを外から開けられないように閉めて、窓を開けて薬のニオイを外に逃がしていたつもりでしたが、当時の薬は強烈なニオイで、台所にいた母が何事かと思い、すぐに「あんた、何しとるんかね!!」と怒鳴りながら部屋にきました。
「何もしてないよ~」と部屋を開けずに言いましたが、もちろんごまかしきれず部屋を開けると意外なことに怒られることもなく「もったいないからやるだけやってみたら?」と言われ、堂々と箱に書いてある通りにやってみるとストレートになっ・・・てない・・・。あれ?
今までの大きな悩みがこれでなくなると思っていたので結構ショックでした。箱の説明には薬をつけて○○分置き・・・・とちゃんと書いてあるとおりしたはずなのに!!と、何度も見直しましたが、当時はなぜ失敗したのかわかりませんでした。今では作っているメーカーは素人のお客さんが使うことを想定した時間設定にしていて、最悪の事態や事故(時間置きすぎて髪が傷んで切れてしまうことや地肌につけて荒れてしまうなど)を防ぐためなんだろうなと思います。
その後もくせ毛をどうにかしようと、濡れたままの状態で帽子をかぶって乾くまで待つ方法(笑)、前髪だけ液状のノリをつける方法(笑)など今ではおかしなことと思うのですが本気で悩んでいたので色々試していました。
そんなことで解決することもなく時は過ぎ、高校2年の冬に転機が。
1-2美容院でのストレートパーマ
「美容院でストレートかけてみる?」と意外な一言を母が発して(え!?まじで!?)と思いながら初めて美容院に行きました。
美容師のお姉さんに「少しくせがあるね」と言われたのですがこういう日に限っていつもよりくせが収まってる。(美容院あるあるですね。病院でも痛いからと予約していくとその日に限って痛みが治まっていることがあります)いつもはもっとひどいのにと思いながらも施術が始まるとずっとお姉さんの手元を見ていました。
薬をつけたり、アイロンしたりとすべてが初めてで興味深々でした。
終わると髪はまっすぐでサラサラになり、今まで髪の話をしてほしくない、見られたくないくらいのコンプレックスだったのですが、ストレートになった髪を注目してほしいと思うようになっていました。髪型一つで人生が変わったと思えた感動の瞬間でした。
その後さっそく友達と道場門前に出かけました(笑)(当時は道場門前を「どうもん」ではなく「まち」と呼んでいました)
次の日の朝はストレートがとれてしまった夢で焦って起きて、すぐに髪を触りサラサラだったのでホッと安心したのを覚えています。
1-3進路は美容学校に
「あんた、美容師になったら?」ストレートで気分を良くした僕に母が何気なく放った一言でした。それは進路をまだはっきり決めていなかった僕にとって、すごく魅力的でそういう道もあるんだと思わせてくれた言葉でした。
それから何週間かかけて美容学校を調べていくうちに、一人暮らししたいなぁとか、友達とも遊べるとこがいいなぁとか徐々に不純な動機も出てきました(笑)
福岡だったら近いし、山口より都会だしという理由で決め、親にはここの学校はこういうところがすごいらしいとか、国家試験に受かる人が多いとか、もっともらしいことを並べて話しました。
すると「あんた美容師になるん?」とまさかの一言。母は冗談のつもりで言ったようで後日いつもの美容院から帰ってくると「美容師になるのは大変みたいよ」とじんわり反対気味。すでに行く気満々だったので、今さら反対されても、と意地になり「そんなん分かっとるし!」と言いながら何度かぶつかりました。そして最終的に母が折れ「なるって決めたんならやめたらいけんよ!」と言われ、退路が断たれての進路が決まりました。
専門学校の試験と発表は早く、高校3年の夏休みが終わってすぐに美容学校から合格通知が来ました。周りの友達は受験で忙しく誰も遊んでくれなかったので先輩や後輩とばっかり遊んでいました。
その後は知識も技術もなくただ美容学校に受かったということだけで調子に乗って友達や後輩の髪を切っていました(笑)友達も「上手いね!さすが美容師の卵」とただの高校生に切られているにも関わらず満足気にしてくれてました(笑)
今思い出すとかなりアホなやりとりをしていましたね(笑)
2.美容学校
2-1福岡の美容学校
美容師が主人公のドラマ「ビューティフルライフ」やカリスマ美容師などの影響により美容師人気がもっとも高い時(雑誌アンケートではなりたい職業1位でした、2位はショップ店員)だったので周りにその影響で美容師になろうと思ったというクラスメイトが多い中、僕はそれが理由ではなかったので有名サロンや有名美容師を全然知らず「え?それどこにあるん?」「え?それ誰?」ということをよく聞いていた気がします。
それでも髪に対しての興味はすごく高く、くせ毛のことやパーマがかかる原理や実技など授業の内容が面白くてテストの点は結構良かったです(笑)今まで髪で悩んでいた分「こうゆうことだったんだ」などと一人で納得していました。
そして1年の夏休みに実家に帰ってきてはまだ全然カットができないのに美容学校に行っているということだけで友達の髪を切っていました(笑)そして友達と「腕上げたね~」「やろ?ハサミも美容師のやしね」とハサミのレベルが大幅に上がっただけにも関わらず一人前の美容師と常連のお客さんのような会話をしていました(笑)
2-2国家試験のために
美容学校は2年間でモデルでの実践練習、ヘアーショー、コンクールなどがありましたが一番の目的は国家試験を受けて合格すること。そのために2年生になると夏くらいからほとんど国家試験用の勉強&実技試験用の練習でした。
実技は毎日毎日同じことをやり続けて体に覚えさせていく感じで何も考えられなくなるくらいロッドを巻いていました。逆にカットはしっかり考えて切っていました。カットが好きだったので実技試験も得意で先生から指導役も任されていました。(もしかしたら友達のカットがここで活きたのか(笑))
カットが好きということもあり専門学生の時に友達と本革を買って手縫いでシザーケースを作りました。今使っているシザーケースは実は当時作ったものです。10年以上使い込んでもダメになるどころか味が出て、どんどん愛着が増してきています。
2-3就職活動
2年になってからは就職活動も始まります。先生が「都会は家賃が高いから給料だけでは足りず親に仕送りしてもらわんといけんとこもあるよ」「ここの卒業生で東京行った子が方言禁止のとこに入ってしゃべられんようになった子がおる」など大変な経験をした卒業生の話をすることもありました。都会などの大きな美容院では1次試験、2次試験などいろいろな試験があるのですが僕はどこに行っても美容師は変わらないだろうと考えていたので山口に帰ろうと思っていました。自分が行きたいところに学校を通して求人票をもらい自分で面接を受けさせてもらう手順でした。カリスマ美容師の人気はまだまだ健在でしたので周りでは雑誌やTVに出る有名サロンで働きたい、あの美容師に憧れているからそこに入りたいという人が多かったのですが、最後まで有名サロンやカリスマ美容師に興味が持てませんでした(汗)正直、美容師の雑誌に出てくるのは奇抜なスタイルも多く、いろんな方に提供できる髪型ではなかったので良さが分からなかったのと、カリスマ美容師に会ったことがないからその人のことを知らないからでした。(雑誌やTVのインタビューをまんま受け止めてるクラスメイトもいましたが果たしてどうだったのか・・・)
それよりもせっかく美容師になるなら一人暮らしの時にお米、野菜、缶詰、レトルト食品などを送ってくれた両親や祖父母の髪をしないとダメだろ~と思っていました。(あとは友達がいたりとか、一人暮らしはお金がかかるとか・・・)
3.美容師になって(アシスタント~スタイリストデビュー)
3-1アシスタント
国家試験も無事受かり、就職もできたのですが、試験用の勉強と練習でピンポイントではレベルが上がるのですが国家資格を持っていても美容師としてはまだまだ何もできません。
ここからは就職先でのそれぞれのサロンに合わせての技術習得になります。
営業中は掃除、洗濯、洗い物、セット面の片づけが主な仕事で昼の食事時間は15分でした。営業後はミーティングでその日の動きの反省点を指摘され、次の日の営業ではどのようにするか話し、その後に練習です。
シャンプー、ブロー、カラー、パーマとストレート、カットと大きく分けてこれらの技術で合格するまでカットはもちろんロッドも巻けません。そして毎日帰るのは22時過ぎてからが当たり前。
家ではご飯食べて、風呂に入ったらもう0時なので寝ていました。実家だったのでまだ負担は少ない方ですが一人暮らしだと毎日外食かスーパー、コンビニの弁当という人が多かったですね。
営業時間は9時~18時、ミーティングの後22時頃まで練習をするのですが、それは残業ではなく自分への投資ということで月額でお店にレッスン料、ウィッグ代、薬剤代を払って練習をしていました。月の休みは大体5、6日。給料は同級生の友達が大学行きながら何個か掛け持ちのバイトをしていたのですが、それとほとんど同じでした。拘束時間が長く、休みも少ない、さらに給料も低いとなれば実際楽しいというよりはスタイリストになるまで、忍耐の時期になります。
このアシスタント時代に美容師を辞める人がかなり多いです。ただ、初めてシャンプーに入った、カラーに入れるようになった、ブローでほめられたなど、ご褒美的な出来事と成長がちょこちょこ感じられることがあります。たま~にあるこの飴玉はとてつもなくうまい。また頑張ろうって思います。このきつい時期に習得した技術が自分のベースとなります。
シャンプーやカラーに入れるようになり、手元に集中して黙々と施術をしていると店長から『会話をしてください』のサインが出ることがありました。(なんじゃそりゃって感じですが笑)
暗号だったのですが「弘中さん、○○(会話)お願いします。」と言われます。○○は暗号なのでお客さんには何のことかわかりません。
これが出ると頭の中で(何か話さないと×3、何話そう×3)とループします。そして話題を探しているうちに10秒くらい無言が続くと再び店長から「弘中さん、○○(会話)お願いします。」と畳みかけられ、ますます焦ります。しかもお客さんと話す内容は他のスタッフや店長に聞かれているので変な緊張感もあります。
早くしないとまた言われてしまうと思い、頭をフル回転させてなんとか絞り出したのが「今日は天気良いですね・・・」(爆)
お客さん「そうですね」
「・・・。」チーン。
この後、無言が続くと再び「弘中さん、○○(会話)お願いします。」がやってきます。
いやー、いま想像するだけでも気まずい雰囲気ですね(笑)はじめの頃は、こんなことがよくありましたが、同じお客さんに何度も入ることで自然と話すようになっていました。
お客さんが本を読んだり、寝ていてもサインが送られて来た時は(えっ、このタイミングで)と思うことも。
3-2スタイリストデビュー
そんな毎日の練習を続けると日に日にスタイリストに早くなりたいという願望が強くなりました。そして約3年してついにスタイリストデビューをすることに。最初は緊張しすぎて、カットが終わって鏡を見せ、お客さんに「いいですよ。」と言って頂いたのに本当に?大丈夫?どう思ってるんだろう?と口には出しませんでしたが、かなり疑っていました(笑)
カラーやシャンプーなどアシスタント時代にたくさんしていた技術には自信満々に入っていましたが、パーマとカットは練習してもお客さんによってスタイルが違うのでその都度、自分で考えてという技術なので初めはやりがいがプレッシャーに負けていました。プレッシャーに勝つようになったのはお客さんに喜ばれる回数が増えていったことでやりがいと楽しさのほうが増えていったからでしたね。
3-3カットの失敗
デビューから少し経ったころに初めてのお客さんが来られて僕が入ることになりました。希望の髪形を聞くと「おまかせです」と初めてのおまかせというリクエスト。この時完全に勘違いしていたのは「おまかせ=僕の好きなようにしていい」と思っていたこと。
当時は梳いて軽くという方が多かったので、そのお客さんの髪を梳いているとお客さんが「後ろは今どうなってます?」と聞かれたので鏡を見せて「軽くなりましたよ」と自信満々の笑顔で言うと「えっ!?軽いのは好きじゃないんですけど!えーどうしよう!」とかなりご立腹の様子。「もう切らなくていいんで」と言われブローをして、そのままの様子で帰られました。
そのときかなり落ち込んで、おまかせって言ったのに、とも思ったのですがすぐに、あれはお客さんが考えている範囲のおまかせってことで、僕のカウンセリング不足だと気付きました。(極端に言えば僕が仮に髪を切りに行って「短くしてほしい」と言って坊主にされたら怒りますしね)
未熟さゆえに招いた初めての失敗でした。
4.理想の美容師像と独立の夢
4-1お客さんからの初めての指名
僕が担当に入った方が再来店されて受付のスタッフに「前回の方でお願いします」と初めての指名をいただきました。この時、内心かなり嬉しくて顔がニヤついてしまうのを必死に抑えるのですが、会話のテンションは抑えられなかったのを覚えています。
どのお客さんにもきちんとしていたのですが、指名をいただくといつもより気合いが入りました。そしてまた僕に任せてもらえるように最初のシャンプーから最後のブローまで気持ちを込めていました。この時の嬉しさを思い出すとついついニヤッとなってしまいます(笑)
いつになっても美容師冥利に尽きることですね。
4-2後輩を育てるということ
美容院に新しいスタッフが入ってくると先輩スタッフが技術や接客の仕方などを教えていきます。スタッフ同士の練習やモデルでテストして合格すればお客さんに入れるようになります。合格時はその技術の最低ラインで、その後はどんどんお客さんに入ってうまくなっていくという形になっていきます。
この時、後輩が何人かできて教える立場にもなり、お客さんからは徐々に指名をもらえるようになっていました。僕は指名してくれたお客さんには、最初から最後まで全部自分が入りたいと思っていました。
ある日、僕を指名してくれたお客さんが来られた時に店長から「あの子(後輩)にシャンプー入らせて」「あの二人(後輩)にカラー入らせて」と言われたのですが、僕が入ることができたので「僕が入ります」と言うと「成長させるために下の子に入らせて」と言われました。
僕もそうやってスタイリストまでなったので僕の考えはお店の方針としては自分勝手な考えなのですが、お客さんの立場からすると指名された自分が入った方がいいのではないか、と思い、お店優先かお客さん優先かなどと考え始めるようになりました。
店長もオーナーもカットとパーマ以外の技術は他のスタッフに任せっきりで、カットが終わればすぐスタッフルームでタバコを吸っていました。「自分たちがフロアで見ているとスタッフが緊張するから」と言われていたのですが、お客さん側から考えたらどうなんだろうと疑問に感じていました。この経験で指名していただいたお客さんを最初から最後までしたいという気持ちがどんどん強くなり、僕がなりたい美容師像といつか自分の店を持ちたいという気持ちが生まれはじめました。
5.将来の自分のお店の計画
5-1再就職
指名のお客さんも徐々に増え、僕が全部入りたいが後輩にも入らせないといけないという葛藤と戦いながら月日が経ちました。独立はいつかしたいがどうやってするのだろう?今のオーナーが教えてくれるんだろうか?でも今まで経営のことについて誰かに教えているところを見たことがないし・・・など考えたりしていました。
そんな中で以前同じ店で働いていた先輩が独立するというのでオープン前日に見に行ってみました。
新しいお店ということもあり白と黒が基調のおしゃれな空間に、使ったことがないカラフルでおしゃれな入れ物のワックスやスプレーの商品が飾られていました。現状にモヤモヤしていたこともあり先輩の新しいお店がすごく魅力的でした。オープン間近のそのお店を見て、ここで今から働いたら自分がお店をオープンするときのいい経験になると思いました。勢いや急に思い立ったことではあったのですが今のお店で足踏み状態を感じていたのでその場で「ここで働かせてください」とお願いして3か月後に働かせてもらえることに。
5-2予約の可と不可
新しいお店で働くことになって今までのお店の看板とマニュアルというのがなくなり先輩と自分だけでどこまでやれるのかという楽しみと不安が混ざっている状態でふわふわした感覚がありました。
しかしそれ以前にこのお店のことを知っている人がいないのでお客さんが来ない・・・。
そしてお客さんが来たと思ったら次々と来られて重なってしまう・・・。
前のお店は「お好きな時間に来られてください」という『予約不要』のシステム。先輩のお店は予約をしていないと重なったときに時間を変えていただくか別に日にしていただくという『予約優先』のシステム。
のはずが、あと10分で予約のお客さんが来るのにその前に飛び込みで来られたお客さんに「すぐできますよ」と先輩が言ってシャンプーを始めました。僕は他のお客さんに入っているので、もちろん予約通りに来られたお客さんは待合で先輩が終わるまで待たせることに。
こんなことが度々あり「予約優先なのに予約時間に行っても待たされるのは予約の意味がない」「信頼を失う」と思っていた僕とかなりぶつかりました。
先輩は「僕を雇うのにお客さんが来ないと厳しい」と言うので「それなら予約制を止めるべき」とお互いの意見のぶつかり合いに。相手は先輩でオーナー、僕は雇われている立場だったのでオーナーの言うことを聞くのが普通かもしれませんが、僕は指名してくれるお客さんの信頼を失うのがものすごく嫌でした。
「予約不要でいつ来ても大丈夫」は裏を返せば、お客さんに順番が来るまでずっと待ってもらうということ。そして待つ人が多いと終わる時間がいつになるかわからないので少人数のお店には難しいシステムです。
こういうことがあったので僕のお店では予約した時間に行けば待つことなく、すぐ始められ、終わる時間もきちんと伝えられるお店にしようと思いました。
5-3シザー(ハサミ)やシャンプーや薬剤
スタッフが2人なのでシャンプーや薬剤を持ってくる美容ディーラー(材料屋さん)ともだんだん話す機会が多くなりました。なので美容師の専門の本やインターネットのコミュニティなどでよく出てくるシザーやシャンプーや薬剤を調べ、ディーラーから資料をもらい先輩にプレゼンしてお店に仕入れてもらっていました。実際使ってみないとどんなものかわからないわけで、あまり良くないものもあったのですがそれはお店の在庫として残っていました(汗)
僕は調べ事や気になることはとことん突き詰めるタイプです。前のお店ではオーナーが調べて気に入ったものを仕入れていたので、他の商品は使えずに自分で調べたりすることや材料の知識を持っていませんでしたが、めんどくさがりや・・・いや、信頼してほとんど任せてくれた先輩は僕の意見を聞いてくれていたので色々なシャンプーや薬剤などに興味を持ち、調べて使い比べることができました。そして先輩を巻き込んで泊まりで講習に行ったりもしました。
この時、ホテルを電話で予約する先輩が「ベッドはダブルで」と言っていたので横から僕が慌てて「ツインで!」と訂正するというやりとりが。あぶねー(笑)
先輩も「変なミスするとこやった(汗)」と言っていました。
講習では前のほうに座り、ここぞとばかりに質問をぶつけるのでメーカーの人は僕をオーナーと思ったのか「これはこういう時にいいので、ぜひ使ってみてください」などと僕に営業をかけていました(笑)そして「こちらがオーナーなんで」と紹介する僕のやり取りが(^^;
シザー(ハサミ)に関してはシザーの砥ぎを専門とした方と出会い、美容師として持っていた方がいい知識を得ることができ、日本で最高品質のものを作っているところのシザーを手に入れることができました。(シザーの事なども聞いていただけるとお話ししますよ)
6独立に向けて
6-1急展開
1年半くらいたった時にプライベートで家族とも付き合いがある工務店の方が僕のお客さんにいたのですがその方のカット中にふと、「矢原のあたりでいつかお店をしたい」と話しました。矢原というのは思いつきではなく、ちゃんと考えがあってのことだったので山口市や鴻南地区や大歳ではなくピンポイントで言えました。まあ実際は矢原の隣の矢原町になりましたが、この時初めて矢原と矢原町があると知りました。
次の日に「何か所か探してきて資料を置いておくから休みの日でも場所を見てみて」と言われました。まだまだ先の話のつもりだったのですが、見るだけならと思い、休みの日に資料にある場所を見てまわり「この中ならあそこがいいね」などと簡単な話をしました。
しばらくして、いいねと話した場所に、仮の店の間取りやローンなどの資料を作って家に持ってきて見せてくれました。すごく大変なんだろうなとか、どうやって独立するかわからないけど、そのうちしたいなどと漠然と考えていた計画がこの時から急速に現実になろうとしていました。
6-2準備と覚悟
先輩に独立することを話してからはまだ働いているにもかかわらず、自分の店の名前や使う椅子、シャンプー台、薬剤など考えてノートに書いて消しては、また書き換えてと言うことを楽しみながら繰り返していました。必要なものは細かいところまでと思い、必要なもののリストに「ボールペン」とボールペンで書いてました(笑)
自分でやっていくという覚悟を持つと少なからず不安もあるのですが、僕はネガティブなことは一切考えつかず、ついに自分のお店が持てるというワクワク感だけがありました。僕がその雰囲気を爆発させていたので妻と両親はポジティブすぎる僕を見てそれに飲み込まれるように心配はしていなかったそうです。ただ祖母は「お客さんが来なかったら・・・」などばかり考えて心配だったようですが。
7『LINX』誕生
7-1名前の由来
僕はお客さんがいることではじめて美容師として存在します。
美容師として働きだして、今まで全然知らない方が初めて来てくれて髪を切り、次に来た時は指名してくれて、店を辞めて新しいところで働くとそっちに来てくれて、今度は自分のお店を出すと応援してくれる、そういった方々のおかげとその方々に巡り合わせてくれた『縁』のおかげで自分のお店を持つことができました。
LINX は link (縁、絆)と x (未知の量、未知の人)を合わせた造語です。今まで出会った人々との未知の量の『縁』と、これから出会う未知の人々との『縁』を大切にしていきたいという思いを込めた名前です。
ロゴマークには、「いろいろな方(X)とLINXでできた円(縁=link)を大切に」という思いを込めています。
7-2立地
最初のお店も次のお店も大きな通りに面していたので見つけてもらいやすいのですが、車で入りにくい、出にくいというのが難点でした。そして電話での「どこにありますか?」という一番多いお問い合わせに対し、お客さんにわかりやすく説明ができるところがいいなと思っていました。
小さな通りに入って車の通りが少なくなれば駐車しやすいし出やすい。そして近くにわかりやすい建物があれば、迷わず来ることができるかもしれないし、電話でのお問い合わせにもわかりやすく説明できる。など知り合いの工務店の方に矢原といった理由はここにあります。
今では場所を聞かれると「新鮮市場湯田店の第2駐車場の隣です」と答えると山口市に住んでいるほとんどの方にはわかっていただけます。唯一の誤算は新鮮市場が繁盛しすぎて特売の日には小さい通りが渋滞になってしまうことでした(汗)
7-3内装と空間
どんな方が来ても場違いと思わせない雰囲気を作るということ。ここだけにこだわりました。
先輩のお店で働いているときにあったのですが近所の70代以上の方が来られた時に「ここは若い人のお店ですか?」とよく聞かれていました。先輩も僕も前の店で幅広い年齢層の方をしていたのでもちろん技術には自信があり「そんなことないですよ。大丈夫ですよ」と言ってカットをしていたのですが帰り際に「すみませんね。若い人のお店にお年寄りが来て」と言われていました。
本音ではなくわざと謙遜して言われていたのかもしれないですが、なんとも悲しい気持ちになりました。
そして僕が選んだのは無垢の木を使った床と貝殻を使った白壁。
大きな配色を白と茶にすることで観葉植物の緑や花の色が映えるようになり、おしゃれなお店というより自然で誰でも溶け込める雰囲気のお店になりました。木や植物は誰にでも似合うので、僕自身がおじいさんになっても大丈夫かな(笑)
7-4椅子とシャンプー台
お客さんが美容院で一番過ごす時間が長いのは椅子で次にシャンプー台です。
椅子はソファタイプで体を包むように背もたれがあります。お尻のクッションも効いてカット中もお客さんが疲れないようにしてあります。
唯一のくつろぎ時間のシャンプー台は頭から足までがフラットになりベッドに寝ている感覚になります。天井のライトの配置や間接照明、床の色などでシャンプースペースは少し暗くしてあるので、より眠気を誘います。
この2つはとにかく体が楽ということ重視で選びました。
7-5おしゃれでもなく、かわいくもない商品!?
調べたり使い比べるのが好きなのでどの商品にも興味はありますが、容器のビジュアルよりも中身が大事と思っています。
安心して使い続けられる、毎日使いやすいものを僕好みで揃えています。
なので並んである商品のパッケージはおしゃれでもなく、かわいくもないかもしれませんが中身の実力はあります。当たり前のことですが使用するのは容器の中なのでそこを一番に求めています。容器はシンプルで清潔感があり使いやすければOKです(笑)
7-6心がけ
僕が商品に求めることは僕自身にも当てはまります。容器のシンプルで清潔感があり使いやすいということを僕に変えてみると、独特な雰囲気や奇抜な路線に行かないで店の雰囲気と合わせたシンプルな格好(動きやすいというのも考慮してます)、清潔感があり、使いやすい(気軽に行ける、話しやすい、相談しやすい)ということなのでそう感じてもらえるように心がけています。
7-7オープン!
そして2009年9月15日にLINXがオープンしました。
学生時代は自分の髪に悩み、それだけで精一杯だった僕が、たくさんの人に支えられて、たくさんの人の髪を綺麗にする場所を作ることができました。これから一生をかけてLINXと共に物語を作っていこうと思います。皆様もぜひ物語に参加されてくださいね。心よりお待ちしています。
LINX 弘中潤